智原孝行の神社紹介帖

神社好きの智原孝行が気ままに全国の有名神社をぽちぽちと紹介するブログです。

厄除け・厄払いするなら?京都府の【八坂神社】

みなさんこんにちは!

神社巡りを趣味とする智原孝行です。


このブログは皆さまに全国の有名神社をご紹介していこうという趣旨で立ち上げてみました。

 

さて、2018年も残すところあとわずか…

全国の神社はこれから初詣に向けてさらに忙しくなることでしょう。

 

この時期話題によくのぼるのが、「厄年」。

「来年前厄だ!」「本厄だ!」「後厄だ!」…悲しいことに日本人には1つの「厄」3年も悩まされてしまいます。

そんなときに心強いのが、神社で行う厄除け・厄払い!

基本的にはどの神社でも行っていますが、今回はそのなかでも特に厄除け・厄払いで有名は京都府【八坂神社】をご紹介します!

 

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八坂神社は厄除け・縁結びの神様として知られ、「祇園さん」の呼び名で親しまれています。八坂神社で毎年開催される「祇園祭」は日本三大祭のひとつ。八坂神社を知らなくても祇園祭なら聞いたことある!という人もいるのでは?ちなみに、全国の祇園社の総本社です。

 

八坂神社は、元の祭神であった牛頭天王(ゴズテンノウ)が祇園精舎の守護神であるとされていたことから、元々「祇園神社」「祇園社」「祇園感神院」などと呼ばれていました。それが慶応4年=明治元年(1868年)の神仏分離令により「八坂神社」と改名されたのだとか。

 

牛頭天王は起源不詳の神仏習合の神様で、素戔嗚尊スサノオノミコト)の化身と考えられています。そのため、明治時代の八坂神社の祭神は牛頭天王でしたが、現在は素戔嗚尊となっています。

 

牛頭天王平安時代から行疫神(ぎょうやくじん)として崇められていたという記録があります。行疫神とは疫病神のことで、疫病や災厄をもたらすと考えられていました。877年に疫病が流行ったのをきっかけに、厄をつかさどる神である牛頭天王を祀るようになったという説もあります。

現在八坂神社が厄除け・厄払いで有名なのも、こうした経緯が関係しているのかもしれませんね。

 

ちなみに牛頭天王、身長は7尺5寸(=226cm)、漢字の通り3尺(=90cm)もの牛の頭を持ち、頭からは同じく3尺の赤い角が生えていたそう。

かなりパンチの効いた外見です。

そのためなかなか妻ができなかった…という苦労話も残っています。

 

神仏習合の神様って、どこかオリエンタルな魅力があり、惹かれます♪

そういうのも少しずつ調べていきたいなぁ…!

 

それでは皆様、良いお年を!

智原孝行がお送りしました。

 

 

日本最古の神社といえば!【大神神社】

みなさんこんにちは!

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さて、皆さんは、「日本でもっとも古い神社」はどこかご存知ですか?

伝承や資料などでは諸説あるものの、いま日本でもっとも古い神社の1つとして知られているのが奈良県にある【大神(おおみわ)神社】です。

 

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大神神社奈良県桜井市三輪にある神社で、古墳時代以前、三輪遺跡の時代からその地域一帯で勢力を持っていた先住族が崇敬していたといわれています。

大神神社は、古事記に登場する国造りの神である大物主大神(おおものぬし)を祀っています。

 

その昔、大国主神大己貴神)は少彦名神スクナビコナ)とともに国造りをしていました。

しかし大国主少彦名神を「お前は小さな神だな」と愚弄したために、国造りなかばにして少彦名神常世に帰ってしまいます。

大国主神が「この後どうやって一人で国造りをすれば良いのだ」と悩んでいると、海原を照らして神が現れました。その神は大国主の幸魂奇魂(和魂)と名乗り、「大和国の東の山の上(三輪山)に祀れば国作りに協力する」と言いました。

この神が御諸山(三輪山)に鎮座している大物主神であり、この神を祀ったのが大神神社といわれています。

大物主神三輪山に鎮座されることを望んだため、大神神社は古来本殿を設けずに、三輪山に祈りを捧げていました。

この信仰方法は神社の社殿がつくられる以前の、日本の原初の神祀りの姿だといわれています。

 

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三輪山(神体山)と鳥居。

 

大物主大神は古くから神様の中の大神様として尊ばれてきました。

現在も国造りの神、生活全般の守護神として全国からの参拝者が訪れています。

 

実は僕は、まだ大神神社に参拝したことがないのです…。

神社紹介ブログをやっておいて本当アレなんですが…。

今年中は難しいとしても、来年には絶対に訪れたい場所です!

 

それでは本日はこの辺りで。
智原孝行がお送りしました。

道案内、導きの神様をまつる【猿田彦神社】

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前回の投稿から1年以上経ってしまいました…。月日が経つのは早いですね。

今回は、日本神話にて「導きの神様」「道案内の神様」として知られる猿田毘古神(サルタビコノカミ)を祀る三重県猿田彦神社をご紹介します!

 

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猿田彦神社は、三重県伊勢市伊勢神宮内宮の近くにある神社です。猿田毘古神と、その子孫の大田命を祭神としています。

ちなみに、『古事記』では猿田毘古神、猿田毘古大神、猿田毘古之男神、『日本書紀』では猿田彦命と表記されています。

 

その昔、天孫の邇邇藝命(ニニギノミコト)が、天照大御神の神勅を受け、葦原の中つ国を治めるため、高天原から日向国高千穂峰へ天降りました。

これを、「天孫降臨」と言います。


その道の途中、邇邇藝命は分かれ道につき当たりました。

そしてその分かれ道には、高天原と葦原の中つ国を明るく照らす神が待ち構えていました。その神様こそ、猿田毘古神です。

 

邇邇藝命に同伴していた芸能の女神、天宇受売命(アマノウズメ)があなたは誰かと尋ねると、猿田毘古神は次のように答えました。

「わたしは国津神の猿田毘古神(サルタビコノカミ)です。天の御子さまの天下りを先導させて頂くため、こちらでお待ちしていました。」

そして猿田毘古神は、邇邇芸命の天降りを先導することとなったのです。


無事に天降りを終えると、邇邇芸命は天宇受売命に、猿田毘古神の故郷である伊勢に彼を送り、彼の名をとった神社を祀るように命じたそうです。

そこで誕生したのが猿田彦神社です。

 

猿田彦神社の向かいには、猿田毘古神を伊勢まで送った天宇受売命を祀った佐留女神社があります。

この2柱は夫婦になったのだとか。

 

ちなみに、猿田毘古神は「鼻長七咫、背長七尺」という記述があることから、天狗の原形とする説があります。また、「天地を照らす神」ということから、天照大神以前に伊勢で信仰されていた太陽神だったとする説もあるそう。

 

三重を訪れた際は、ぜひとも参拝したい神社です。

 

それでは本日はこの辺りで。

智原孝行がお送りしました。

伏見稲荷大社

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前回の更新から、かなり時間が空いてしまいました…。

第三回目の今回は、千本鳥居が有名な「伏見稲荷大社」について書いていきたいと思います!

 

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伏見稲荷大社は、京都府伏見区にある神社です。

1081年(永保元年)に確立された「二十二社」の1つで、全国に約三万あるという稲荷神社の総本社。

二十二社とは、国家の重大事や天変地異など有事の際に朝廷から奉幣を受けた二十二の神社のことを指します。格式高い神社ということですね。

 

伏見稲荷大社に祀られているのは、次の五柱です。

宇迦之御魂大神 (うかのみたまのおおかみ)

佐田彦大神 (さたひこのおおかみ)

大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ) 

田中大神(たなかのおおかみ) 

・四大神 (しのおおかみ) 

これらの神様は元々五穀豊穣を司ると言われていましたが、現在はそこから発展して、商売繁盛や家内安全、交通安全など、生活に関わるあらゆることを司るとされています。

 

年間参拝者数が国内第4位と、非常に人気の高い神社です。

僕はこれまでに3回訪れたことがあるのですが、まだ行ってみたいです!

 

それでは本日はこの辺りで。

智原孝行がお送りしました。

伊勢神宮

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第二回はあまりにも有名な、三重県伊勢市にある「伊勢神宮」です。
正式名称は頭に「伊勢」が付かず、「神宮(じんぐう)」といいます。親しみを込めて「お伊勢さん」または「大神宮さん」などとも呼ばれます。

古代では宇佐神宮中世では石清水八幡宮と共に二所宗廟1つとされました。明治時代から戦前までの近代社格制度では、すべての神社の上に位置する神社として社格の対象外とされていた、神社であって神社でないような神社です。

 

「内宮(ないくう)」と呼ばれるエリアと「外宮(げくう)」と呼ばれるエリアがあり、内宮は皇室の御祖先で太陽にもたとえられる天照大御神(あまてらすおおかみ)さまをおまつりし、全国より崇敬を集めています。外宮は天照大御神さまのお食事を司り、産業の守り神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)さまをおまつりしています。内宮は約2000年、外宮は約1500年の歴史があります。

 

そして参拝する際、外宮から内宮へ回るのが昔からの正しい参拝順序だと言われています。もちろん参拝の際だけでなく、伊勢神宮で行われるさまざまな行事は「外宮先祭」と言われていて、外宮→内宮の順序で行われています。

外宮か内宮の片方だけをお詣りするのは、「片まいり」と呼ばれ、これはやってはいけないことと言われています。

 

他の見どころとしては宇治橋五十鈴川御手洗場、亀石などがあります。

 

江戸時代には集団参拝が起こったほどの神社です。一度お参りすることをお勧めします。

 

それでは今回の伊勢神宮紹介、智原孝行がお送りしました。

神社・神宮・宮・大社の違い

みなさん初めまして。神社巡りを趣味とする智原孝行です。
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今回も神社を紹介しようかと思ったのですが、とりあえずその前に、今回は「神社・神宮・宮・大社の違い」について。

 


神社の呼び方には「○○神社」また明治神宮のように「○○神宮」、そして「○○八幡宮」や「○○大社」「○○社」など様々な呼び方があります。


明治神宮のように「○○神宮」と称するものには、そのほかに熱田神宮香取神宮平安神宮などがありますが、これらは古代から皇室と深いつながりを持つ神社、あるいは天皇を祭神とする神社です。

 

また北海道神宮英彦山神宮は戦後になって「○○神宮」を称しましたが、その際には特に御聴許を願い出た上で改称しています。そして「神宮」といった場合、これは伊勢の神宮を指します。「伊勢神宮」は通称で「神宮」が正式な名称です。


「○○宮」には鎌倉宮のように親王を祭神とする神社のほかに、筥崎宮のように古来から「○○宮」と称する神社があります。また東照宮・水天宮・天満宮八幡宮のように伝統的な呼称(神仏習合時代に成立した呼称が多いようです)に基づくものもあります。


「○○大社」については、かつての官国幣社制度の下では出雲大社だけが「大社」を称しました。しかし、戦後になってからは住吉大社春日大社諏訪大社三嶋大社富士山本宮浅間大社などのように「大社」の呼称が増加しています。


この基準としては、全国に多数ある同名の神社の中で宗社にあたる神社であって、旧社格が官幣大社国幣大社であることを基本としています。いずれにしても今日では、これら呼称の違いは神社の格の上下を律するというより、由緒に定められているものといえます。


「○○社」の称号は、大きな神社から御祭神を勧請した神社に用いられ、神明社や天神社などがあります。

 

それでは今回の「神社・神宮・宮・大社の違い」、智原孝行がお送りしました

明治神宮

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記念すべき第一回は「明治神宮」です。
明治神宮は東日本で初詣の参拝客が一番集まるお宮です。
ちなみに西日本での第一位は赤い鳥居で有名なお稲荷さん、伏見稲荷大社です。
さてこの明治神宮、ご祭神明治天皇昭憲皇太后でして創建は大正9年となっています。
有名で大きなお宮ですが意外に新しいのですね。
実はこれは明治天皇昭憲皇太后のご崩御を悲しまれた国民の総意で建てられたからなのです。
また見どころは鎮守の森で、あの広大な敷地は実は人工林なのです。
明治神宮の創建にあたり荒地であったあの場所に、当時の造林のエキスパートが集まり力を合わせ、そして長い年月をかけて今のような素晴らしい鎮守の森を築いたのです。

ところで皆さん、神社と神宮の違いはご存知でしょうか?
神宮というのは古代から皇室と深いつながりを持つ神社、あるいは天皇祭神とする神社のことなのです。これを知っていれば少しは神社巡りが楽しくなるかもしれませんね!

それでは今回の明治神宮紹介、智原孝行がお送りしました。